Share

第62話 静かな子は、守りたい時だけ少しだけ勇気を出す

last update publish date: 2026-10-06 14:55:04

倉科紬希は、基本的に自分から流れを変える側の人間ではない。

 誰かの提案に頷くことはできる。

 必要なら静かに手を貸すこともできる。

 でも、場の進み方そのものを変える一言を、自分から先に置くのは少し苦手だ。

 たとえば昼休みにどこへ行くかとか、

 帰りに寄り道するかとか、

 そういう小さな選択肢ですら、誰かが先に言ってくれた方が楽だった。

 それなのに最近は、その“先に言う”を少しだけしなければならない場面が増えている。

 久瀬湊人のことになると、とくに。

 弱っている時は飲み物を渡したくなるし、

 しんどそうなら「無理しないで」と言いたくなるし、

 学校の外の嫌な気配が近づいているなら、「一人にならない方がいい」とも思う。

 思うだけで終われば、今までの自分のままだった。

 でも、最近はそれを口にしないでいる方が、もっと落ち着かない。


Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』   第63話 下校ルートが変わるだけで、青春は少しだけ事件になる

     下校ルートが少し変わるだけで、こんなにも“いつも通り”は別物になるのかと、久瀬湊人は水曜の放課後に思い知らされていた。 大げさな話ではない。 ただ、 できるだけ一人で帰らない。 校門を出るタイミングをそろえる。 駅までの道を、なんとなくまとまって歩く。 やっていることは、それだけだ。 それだけなのに、少し前までなら自然にばらけていた放課後が、今はゆるやかに一つの流れへまとめられている。 しかもその中心には、かなり高い確率で自分がいる。 ありがたい。 でも、ありがたさと同じくらい、居心地の悪さもあった。 自分の事情のせいで、 みんなの帰り方が変わっている。 その事実を、最近の湊人は前より強く意識してしまう。 前なら、もっと鈍くいられた。 自分の外側の事情と学校生活は、別々の箱に入れておけばいいと思っていたからだ。 でも今は違う。 窓際のあの空気が、自分一人の箱の外へ広がってしまっている。「……面倒だな」 小さく胸の内で呟く。 ただしそれは、嫌だという意味だけではなかった。 守られていることを自覚してしまう面倒さであり、守られたぶんだけ何かを返したくなる面倒さでもあった。     ◇ 五限目が終わった頃から、教室の空気は少しずつ放課後へ寄っていく。 机の中へ教科書を戻す音。 廊下の向こうで、部活の仲間を呼ぶ声。 今日もどこかのクラスでは委員会があるらしく、資料を抱えて走る生徒がいる。 いつもの学校の夕方だ。 そのはずなのに、窓際の五人のあいだだけは、最近ずっと小さな確認事項が増えていた。「今日、日野どこまで

  • 『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』   第62話 静かな子は、守りたい時だけ少しだけ勇気を出す

    倉科紬希は、基本的に自分から流れを変える側の人間ではない。 誰かの提案に頷くことはできる。 必要なら静かに手を貸すこともできる。 でも、場の進み方そのものを変える一言を、自分から先に置くのは少し苦手だ。 たとえば昼休みにどこへ行くかとか、 帰りに寄り道するかとか、 そういう小さな選択肢ですら、誰かが先に言ってくれた方が楽だった。 それなのに最近は、その“先に言う”を少しだけしなければならない場面が増えている。 久瀬湊人のことになると、とくに。 弱っている時は飲み物を渡したくなるし、 しんどそうなら「無理しないで」と言いたくなるし、 学校の外の嫌な気配が近づいているなら、「一人にならない方がいい」とも思う。 思うだけで終われば、今までの自分のままだった。 でも、最近はそれを口にしないでいる方が、もっと落ち着かない。 好きだから、という言葉にしてしまえば簡単なのかもしれない。 でも紬希の中では、それはまだ少しだけ照れくさくて、少しだけ怖い。 ただ一つはっきりしているのは、 “守りたい時だけ、少しだけ勇気が出る”ということだった。     ◇ 水曜の朝、教室へ入る前から、紬希は少しだけ緊張していた。 理由は昨日の共有だ。 すばるが気づいた、校門の外の視線の質。 本人だけでなく、誰とどういるか、どう帰るか、そういう人間関係ごと見られているかもしれないという話。 その認識が入ってしまったあとでは、昨日までと同じ“ただ一緒に帰る”ではいられない。 少なくとも自分の中では。 もし本当に見られているなら、 誰かが一人になる瞬間とか、 帰り道でばらけるタイミングとか、 そういうところが一番危ないのではないか。

  • 『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』   第61話 オタクは、推しを追う目で不審者もちゃんと見る

    鳴海すばるは、自分の観察眼をあまり立派なものだと思ったことがない。 便利だとは思う。 でも、便利な方向がだいぶ偏っている。 配信中に推しの声がいつもより少し低いとか、 コラボ相手に対する距離感がちょっとだけ違うとか、 笑い方のあとに一拍だけ沈黙が入ったとか。 そういう、“普通の人はそこまで見ないだろ”みたいなところばかりを拾ってしまう。 だから学校生活でその能力が役に立つかというと、微妙だった。 テストの傾向を読むとか、 先生の機嫌を察するとか、 そういう一般的な方向へは、そこまで強くない。 なのに今、なぜかその観察眼が、一番ありがたくない形で役に立ち始めている。 校門の外の知らない大人たち。 入れ替わり立ち替わり現れる“学校に似合わない静けさ”。 そして、その人たちがどういう時間帯に、どんな位置で、誰を見るように立っているか。「……なんで覚えてるんだろ」 火曜の夜、自室のベッドに転がりながら、すばるは天井へ向かって呟いた。 答えはわりと分かっている。 好きなものを見る時のクセと、たぶん同じなのだ。 気になる対象がいて、その周辺の変化が日常の一部になると、勝手に目と耳が記録を始める。 それが推しに向く時は楽しい。 でも、学校の外の不審者っぽい大人たちに向く時は、ただただ面倒だ。「オタク能力の使いどころ、間違ってない?」 誰にも聞かれない部屋でそう呟きながら、それでも頭の中ではすでに整理が始まっている。 昨日の男は、火曜の朝は歩道の左。 月曜の黒い車は少し遠め。 教室まで来たスーツ男は、相馬系じゃない。 そして今朝のやつは、通学の

  • 『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』   第60話 ツンデレは、“知らない”ままでも異常事態には気づく

    柊坂真白は、違和感に対してわりと執念深い。 別に探偵気質というわけではないし、何でもかんでも白黒つけたいタイプでもない。 でも、毎日の中で妙に引っかかるものがあると、それを“まあいいか”で流すのが苦手だった。 誰かの声色がいつもと違うとか、 提出物の期限を誤魔化している顔をしているとか、 言葉は平然としているのに、目だけが妙に忙しいとか。 そういうのは、見えてしまう。 見えてしまうと、頭の片隅にずっと残る。 だから今の久瀬湊人に対しても、真白の中にはいくつもの引っかかりが並んでいた。 文化祭の日の非常階段。 打ち上げの日に来られなかったこと。 教室まで来たスーツの男。 校門の外を見ている知らない大人たち。 そして、その全部のあとで、それでも学校へ来て、窓際に座って、何事もない顔を作ろうとする久瀬の横顔。 ここまで並べると、もう“なんかある”では済まない。 済ませたくないというより、済まないとしか思えない。 しかも真白にとって一番腹が立つのは、秘密の正体そのものより、異常事態を異常事態として扱わないまま隣の席に座ろうとする、その無茶の方だった。「……ほんと面倒」 朝、駅から学校へ向かう道を歩きながら、真白は小さく呟いた。 問い詰めたいわけじゃない。 何を隠しているのか、今すぐ全部吐けとも思わない。 でも、“何かあっても言わずに一人で何とかしようとする”のだけは、さすがに放っておきたくない。 それが親切心なのか、 責任感なのか、 ただ単に隣の席の人間として気持ちが悪いのか、 そこは自分でもまだよくわからない。 ただ一つわかるのは、前みたいに「知らないから関係ない」で切れなくなっているということだった。

  • 『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』   第59話 校門の外の視線は、ただ見ているだけなのに学校の空気を冷やす

    翌日から、校門の外にある“視線”は、妙に現実味を帯びてそこに居座るようになった。 最初は気のせいかと思った。 昨日の夕方、校門の向こうに立っていた、あの黒っぽいコートの男。 家側の人間とも違う。 相馬たちみたいな、洗練された“身内の静けさ”ではない。 もっと乾いた、もっと公的で、だからこそ遠慮のない気配。 だが火曜の朝、登校してすぐにその違和感は気のせいではなくなった。 校門から少し離れた歩道。 通学の流れから一歩だけ外れた位置。 昨日と同じ男ではない。 けれど、似たような立ち方をした別の男がいる。 地味なジャケット。 手にはスマホ。 でも、画面を見ているふりをしながら、意識のほとんどは学校の出入りへ向いている。 そういう視線だ。「……本当にやめてくれ」 久瀬湊人は心の中で小さくそう呟いた。 ただ見ているだけ。 ただ校門の外に立っているだけ。 それだけなのに、妙に空気が冷える。 学校という場所は、本来もっと雑多で、ゆるくて、誰かの視線に一々輪郭を与えないくらいには無防備な場所のはずだ。 なのに、外から“目的を持って見ている目”があるだけで、その無防備さは一瞬で不安定になる。 そして今の湊人には、それが自分絡みである可能性が高いことも分かってしまっている。 家側ではない。 少なくとも相馬たちの動きではない。 だとすると、もっと別の線だ。 それが何より嫌だった。 家側ならまだ、こちらにも言い返す窓口がある。 配信側ならまだ、マネージャーへ相談できる。 だが、正体の分からない“公的な匂い”には、動き方そのものが読みづらい。 しかも最悪なの

  • 『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』   第58話 秘密はまだ明かされない。でも、守りたい場所はもう共有されてしまった

    月曜の放課後、教室の窓から差し込む光は少しだけやわらかい。 文化祭の熱も、 打ち上げの余韻も、 教室へ入ってきたスーツの男の嫌な気配も、 それぞれがまだ完全には消えていないのに、時間だけはちゃんと前へ進んでいる。 その“前へ進んでしまった感じ”を、久瀬湊人は最近ずっと不思議に思っていた。 もう少し、壊れると思っていたからだ。 文化祭の非常階段。 数秒だけ聞かれた声。 打ち上げに行けなかった夜。 教室の中へ踏み込んできた学校の外の人間。 どれも、本来ならもっと大きく何かを崩してもおかしくなかった。 少なくとも、窓際の空気はもっと気まずくなってもよかったはずだ。 それなのに、完全には壊れなかった。 前と同じではない。 でも、残っている。 しかもその残り方は、以前より少しだけ深い。 誰も正体は知らない。 誰も全部は分かっていない。 それでも、“ここを壊したくない”だけは、もうかなり共有されてしまっている。 その事実が、最近の湊人には一番重くて、一番ありがたかった。     ◇ その日の昼休み、窓際の一角は妙に静かに落ち着いていた。 日野が購買のパンを半分こぼしながら食べ、 すばるが「食べ方終わってる」と笑い、 真白が「机汚すな」と冷たく刺し、 紬希がティッシュを差し出す。 たったそれだけの、なんでもない流れ。 でもその“なんでもなさ”が、今は少し特別だった。 こういう普通を、最近は前よりちゃんと守ろうとする空気がある。 誰か一人が頑張るのではなく、五人全員が少しずつ。「そういえば」 日野がパンを飲み込みながら言う。「来週、写真共有

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status